
はじめまして。株式会社國脇建設の代表、國脇楽生(くにわき らくせい)です。1998年生まれ、兵庫県伊丹市で外構・エクステリア工事の会社をやっています。
ホームページの記事はほとんど「費用相場」や「業者の選び方」なので、ここでは一度だけ、自分の話をさせてください。なぜ20代で外構屋を始めたのか、何を大事にして工事をしているのか。会社を選ぶときの判断材料にしてもらえたらうれしいです。
高校時代は、サッカーしかしていなかった
高校は島根県の立正大淞南高校。サッカー部でDFをやっていて、全国高校総体(インターハイ)にも出させてもらいました。当時の記録がゲキサカの選手ページに残っています。
寮生活で、毎日練習して、負けたら悔しくて、また練習する。「言われたことをやる」のではなく、「どうすれば勝てるか」を自分で考えてやりきる癖は、この3年間でついたと思っています。今、現場で段取りを組むときの考え方は、正直サッカーとあまり変わりません。
大学を中退して、20歳で建設の現場へ
高校を出て大学に進みましたが、「ここで4年過ごすより、早く自分で稼げるようになりたい」と思って中退しました。かっこいい理由ではなく、じっとしていられなかっただけです。
20歳のとき、友人に誘われて建設業に入りました。最初は土木工事。重いものを運んで、穴を掘って、型枠を組む。体はきつかったですが、「自分の手で、形になるものを作る」のは性に合っていました。朝は何もなかった場所に、夕方には道路や基礎ができている。あの感覚が好きで、今もこの仕事をしています。
伊丹の親方のもとで、外構を一から3年
土木をやっているうちに、知人の紹介で伊丹の外構業者を紹介してもらいました。そこの親方のもとで3年間、住宅の外構工事を一から教わりました。
ブロックの積み方、土間コンクリートの打ち方、フェンスの建て方、カーポートの組み方。それ以上に教わったのは、「お客さんの家の顔を作っている」という感覚です。外構は、家に帰ってきて毎日最初に目に入る部分。10年、20年使われる部分。親方は「手を抜いた所は、必ずあとで自分に返ってくる」といつも言っていました。
この3年で、職人の仕事の良し悪しが分かるようになりました。今、見積もりの数字を「何にいくらかかっているか」まで説明できるのは、自分が現場に立っていたからです。
2023年、伊丹で独立
2023年、伊丹市で独立しました。最初の屋号は「PowerGarden」。住宅の外構を中心に、1件1件、紹介とリピートで仕事を増やしてきました。
独立してすぐに分かったのは、お客さんが外構屋に不満を持つポイントは、工事の質よりも「連絡がつかない」「言った通りにならない」「手直しで揉める」だということ。腕のいい職人はたくさんいます。でも、連絡が早くて、説明ができて、不具合をきちんと直す会社は、意外と少ない。だから自分は、そこを徹底しようと決めました。
2026年、法人化。外構と不動産の2社体制に
2026年3月に不動産部門を合同会社國脇花月として法人化(兵庫県知事(1)第300674号)、9月に外構部門を株式会社國脇建設として法人化しました。年間30件以上、累計100件以上の施工をさせてもらっています。
不動産もやっている理由は、外構のお客さんから「この家、将来売るかもしれない」「貸すならどこまでやるべき?」という相談が多かったからです。解体から造成・外構・売却や賃貸まで、一社で相談できる会社は、伊丹にはあまりありません。土地の「出口」まで一緒に考えられるのが、うちの強みだと思っています。
大事にしていること
施工不良は、原因を追求した上で絶対に直す
隠さない。言い訳しない。直す。外構業者とお客様の間でいちばんの損失は「手直しで揉めること」です。何が原因だったかを説明した上で、必ず直します。これだけは、どの現場でも変えません。
若いから、動きが早い
お問い合わせへの返信は当日〜翌営業日。現地調査の日程もすぐ組みます。「電話がつながらない外構屋」にはなりません。
現場を知っている社長が、最後まで責任を持つ
営業と職人が別の会社ではなく、自分が現場を分かった上で見積もりを出し、職人を管理し、引き渡しまで責任を持ちます。
最後に
伊丹・尼崎・宝塚・川西・西宮あたりで、駐車場・フェンス・ブロック塀・カーポート・庭の片付けなど、外構で困っていることがあれば、「相場だけ知りたい」段階でも気軽に連絡してください。図面や写真を送ってもらえれば、概算をお返しします。
現場の様子はInstagramにも載せています。